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東京高等裁判所 昭和50年(う)861号 判決

被告人 青木紘

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の懲役一年の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤恒雄が差し出した控訴趣意書、弁護人鈴木市五郎作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであり、これに対する答弁は検察官提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

弁護人佐藤恒雄の控訴趣意中、事実誤認ないし法令違反の主張について

一、所論は、原判示第二、第三の各事実につき、原判決が同一物である本件覚せい剤原料の移動につき安藤高光から譲受けの罪と湧井裕治に対する譲渡しの罪との二罪の成立を認めたことに対し、被告人は右安藤から星野富貴夫に対する譲渡しの仲介をしたに過ぎないので、一個の幇助犯ないし共同正犯が成立するにとどまるものと主張する。しかしながら、原判決挙示の各関係証拠、とくに被告人の検察官に対する昭和四九年七月一七日付供述調書謄本(覚せい剤譲受一覧表付のもの)、安藤高光の検察官に対する昭和四九年八月一二日付供述調書謄本、湧井裕治の検察官に対する供述調書謄本を総合すれば、被告人は昭和四八年一月中旬星野富貴夫から塩酸エフエドリンの入手方を頼まれ、その入手方を安藤高光に頼んでおいたところ、同月下旬頃安藤から塩酸エフエドリンではなく塩酸メチルエフエドリン二キログラムを買つてくれないかと頼まれたので、星野に連絡したところ、同人は品物が違うのですぐには返事をしなかつたが、結局全部買つてくれと被告人に返事したこと、翌二月七日になつて安藤から再び買つてくれとの話しがあつたので、当初の言値一五万円を一〇万円に値切り、同日原判示の自宅で、代金一〇万円を自ら払つて安藤から本件覚せい剤原料を譲受けたこと、そしてこれを自分の車の中に隠し星野に届けようとしているうち、右車の駐車違反のことから警察に知れそうになつたので、急いで星野に渡そうとしたが、星野が別件で検挙され、勾留されていたので、星野方の若い衆である湧井に電話連絡のうえ、原判示第三の場所で湧井に手交して譲渡し、代金一〇万円はその後星野から受け取つたという事実関係にあり、被告人が安藤に支払つた代金額および被告人が星野から受け取つた代金額はいずれも一〇万円で同額であつたには違いないが、安藤および湧井はいずれも被告人を取引の相手方として意識し、安藤は湧井ないし星野を、湧井は安藤をそれぞれ取引の相手方として考えておらず、現物の授受も、安藤と被告人の間および被告人と湧井の間に日時場所を異にして行なわれ、そのうえ被告人が安藤に支払つた一〇万円は被告人自身の所持金を支出したものであることも明らかであるから、原判決が被告人が安藤から譲受け、湧井に譲渡したと二罪の成立を肯定したことは相当であり、これをもつて事実を誤認しないしは法令の解釈適用を誤つたものということはできない。被告人が代金一〇万円を星野のために立替えたという意識でいたことあるいは湧井が星野の使いないし代人の立場にあったこともなんら原判決の認定を妨げるものではない。論旨は理由がない。

二、つぎに、所論は、原判示第四の事実につき、原判決が、被告人は覚せい剤粉末の製造行為を幇助したものと認定したことに対し、被告人の行為は、いわゆる製造とは関係がなく、罪とならないと主張する。しかし、原判決もとくに説示しているとおり、覚せい剤取引の実際においては、製品の結晶、とくにその大きさが重要な意味を持つていることからすれば、原料から化学的方法により製出し、又は混合等により製剤する場合だけが製造であるとはいえないのであつて、本件のように、塩酸エフエドリンを触媒等で還元し、エーテルで抽出したうえ、塩酸ガスを通じて沈澱させ、いわゆる岩石と呼ぶ結晶にするための再結晶の工程を経て、施用者らに譲渡するに適する状態にすることも製造の一工程としてこれに含まれると解するのが相当である。そして、原判示の本犯らの行為が製造に該当する以上、原判示のように再結晶させる工程で結晶を大きくする方法を知つている安藤を本犯らに紹介し同伴して助言させた被告人の行為が、原判示覚せい剤製造行為の幇助に該当することもまた当然である。原判示の法令違反をいう論旨は理由がない。

三、つぎに、所論は、原判示第七の事実につき、原判示覚せい剤原料の譲受け行為は、原判決が確定判決として掲記している昭和四九年二月一三日言渡しの福島地方裁判所の裁判を経た覚せい剤原料等所持の罪と継続的一連の関係にある行為であつて包括一罪を構成するものというべきであるから、本件については確定裁判を経たものとして免訴すべきであると主張するものである。そこで、まず、右両事実を比照してみるに、原判示第七の事実は、昭和四八年五月三日ころ、足利市大町六八三番地星野富貴夫方において、右星野から覚せい剤原料である塩酸メチルエフエドリンを含む粉末約四〇グラムを譲り受けたというものであり、所論のいう確定裁判を経た事実というのは、原審記載中の判決謄本によれば、右判決の罪となるべき事実に引用されている昭和四八年六月三〇日付起訴状記載の公訴事実中第三及び第四の各事実、すなわち昭和四八年五月一〇日午前零時五〇分ころ、東京都文京区本駒込三丁目一番地先路上においてフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末一一・一〇一グラムおよび覚せい剤原料である塩酸メチルエフエドリン二七・一二七グラムを所持したというにあるところ、右覚せい剤粉末は原判示第七の覚せい剤原料とは異なるものであり、関係証拠によれば、右覚せい剤原料の方は、原判示第七の覚せい剤原料約四〇グラムの一部であることは明らかであるが、日時の点において相当の隔りがあり、場所の点においても相異なるものがあるのみならず、右第七の事実につき原判決の挙示する被告人の検察官に対する昭和四九年六月二二日付供述調書謄本によれば、被告人は右星野から譲り受けた本件覚せい剤原料を何回かにわたり自己施用した後、他の薬を混入して所持していたものというのであるから、右所持の態様の点からしても、本件譲受け行為に当然随伴してこれと包括一罪の関係に立つものとはとうてい考えられない。従って、原判決が本件譲受け行為は別罪を構成するものとして免訴の言渡しをしなかったのは正当である。論旨は理由がない。

四、つぎに、所論は、原判示第八の一および三の各事実につき、被告人としては、これらの物が余りにも微量のため、ゴミとして将来他のゴミとともに焼き捨てるつもりで物置に放置したもので、本件覚せい剤粉末、塩酸モルヒネを所持する認識がなく、従って、「所持」の構成要件を欠くので、所持罪は成立しないというのである。しかし、「所持」とは、人が物を保管するという実力支配行為をいうのであつて、一旦物を保管する意思でその物に対する実力支配関係が実現する行為をすれば、右関係が維持されているかぎり、所持人が右所持を忘却しても「所持」にあたると解するのが相当であるところ、原判決が右各事実について挙示する関係証拠によれば、原判決が「争点についての判断等」の一において説示しているとおり、右覚せい剤粉末等は、被告人が将来これらが容易に入手できなくなった場合のことを考え捨てないで保存しておいた物であることを認めることができるのであるから、被告人がその後において本件各物件の所持を忘れていたとしても、所持罪の成立が妨げられるいわれはない。

論旨は理由がない。

同控訴趣意書中量刑不当の主張及び弁護人鈴木市五郎の控訴趣意(量刑不当の主張)について

所論は、いずれも原判決の量刑は重きに過ぎるので、原判決を破棄したうえ、より寛大な量刑をもつて処断されたいというのである。そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調の結果をも合わせ考えて検討するに、本件の情状については、原判決も五情状の項において適切に説示しているところであつて、暴力団と深いつながりがあつたことのほか、本件が覚せい剤を主とする大掛りな事案であり、しかもその譲受け、譲渡しというにとどまらず、その製造にも加担していること、けん銃、麻薬にもかかわりがあること等の諸点にかんがみると、本件が地域社会に及ぼした影響には計り知れないものがあつたと考えられるのであつて、犯情は悪質であり、被告人の責任は重大であるといわなければならない。所論の主張する被告人に有利な情状、とくに本件中の重大事件が確定裁判を経た事案と余罪の関係にあること、行政犯的な事案もあること、被告人の関与の仕方が受働的で特段の利益を得ていない事案もあること、物件の量等の点で軽微な事案もあること等のほか、当審における事実取調の結果によつても明らかな被告人の生立、生活状況、家庭の事情、被告人の反省の態度等、すべての情状を斟酌してみても、原判決の量刑はまことにやむを得ないところであつて、重きに過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

(なお、職権をもつて原判決の(法令の適用)のうち、没収の項をみるに、一律に刑法一九条一項一号、二項を適用しているが、原判示第八の一の覚せい剤粉末約〇・〇四八グラムにかかる主文の第三項掲記の覚せい剤の付着したビニール袋一包(原審昭和四九年押第一八号の四)については、覚せい剤取締法四一条の六本文を適用すべきものであるから、法律の適用を誤つたものといわなければならないが、ひとしく没収処分をしている点からみて、右違法は未だ原判決破棄の理由とはならないものと考える。)

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の懲役一年の本刑に算入することとし、主文のとおり判決をする。

(裁判官 上野敏 藤井一雄 千葉裕)

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